「怒りの方法」

 「怒りの方法」という辛淑玉さんの本がある。この本が出版されたのは2004年4月で、私がこの本の書評を目にしたのはちょうどBYJ来日後、BYJ&BYJファンへのバッシングが強まっていたとき。
 あの時は本当にいろいろあった。今思い出しても腹立たしい。ちょうどBYJが前の事務所をやめる、と発表したかなんだかの時、日本の事務所のいくつかがすごい大金BYJ争奪戦を繰り広げている、とまことしやかに報道されていた。まあ、そうだったのかもしれない。その報道のコメントで冬ソナの番宣をやってた韓国に造詣が深いとかいう女優がBYJに向けて「ちょっと思い違いしているかも。世の中、そんなに甘くはないわよ。」と言った。すごくいやらしい発言だと今でも思う。まあ、日本になんか来ずに韓国で頑張れ、という意味だったのだろうが、あの頃CMオファーの件にしても「人気に舞い上がっている」とか「金に目がくらんでいる」というような論調が多数だった。結局、彼はどこにも移籍せずに自分で事務所作ってしまった。(のか?)
 しかし、この場合金に目がくらんで右往左往しているのは日本の芸能プロダクションなわけで、どうしてそれがBYJの方を向いて発せされるのか、本当に不愉快でしょうがなかった。
 で、その頃掲示板では当然、そういった発言が大きく取り上げられ、ああだのこうだの喧々諤々だったのだが、最初は普通に怒っていた人たちが、「冷静になろう」「無視しよう」と呼びかけあうようになった。「ヨン様ファンは過激で恐ろしい」「ヨン様ファンはおばさんばかりだから常識がない」という声に怯えはじめたのだ。確かに道理に合わない抗議や脅迫のような手紙やメールは反則だと思うが、ファンが特段理由も無いのに好きな人をけなされて怒りの行動を起こすのはごく当たり前のことじゃないだろうか。
 「怒りの方法」が必要だ!と書評を読んで私は思った。が、去年はほとんど本を読まずにドラマばかりみてお馬鹿な生活を送ってしまった。しかし、この間から妙に本読みモードが盛り上がっていて、そしてこの本もようやく読むことができた。
 この方の怒りはそんな生易しい問題ではないのだが、「怒りの方程式」にはかなり納得。
   自分を強いと感じる(+)×怒り(+)=願望(+)
   自分を弱いと感じる(-)×怒り(+)=絶望(-)
 そして怒りを封じ込めようとする人たち。
   ①怒りの素、怒らせた本人  ②大衆  ③巻き込まれたくない人たち 
 効果的に怒る方法については、よくわからなかった。たぶん今後も私自身は効果的に怒ることはできない。
 この本の最後は社会への怒りをどう表すか「石原都知事との闘い」でしめられていた。
 そう、ヨン様バッシングの際の裏返しのオバサンバッシングに怒るとき私が常に思い出していたのはこの人の「文明がもたらしたもっとも悪しき有害なものはババア」発言。私は思うが「文明がもたらしたもっとも悪しき有害なものは権力にしがみつく”あんたのような”ジジイ」だと思う。今ならそうやって切り返す人もいるかな?当時は一部の女性団体が騒ぎ、そしてその後選挙に出た介護問題なんかを地道に研究されてきた樋口恵子さんが惨敗してしまって、やっぱ役にもたたないババアだったよな、みたいな雰囲気で本当ーに!地団駄踏みたい感じだった。ヨン様バッシングはここいら辺りから続いている、大きな日本の雰囲気の流れの中にしっかり位置していると私は思うのだ。(辛淑玉さんは「ファシズムが台頭するとき、権力は女性と外国籍住民を排除することから足元を固めていく。」と書かれている。)
 はたして、正月前後に読んだ雑誌に石原都知事談な文章にBYJのことを「あんな豆腐が腐ったみたいな男のどこがいいんだか。」とBYJに夢中のおばさんにあきれていた。まああの人なら当然の発言だ。しかし豆腐が腐ったって、腐ってるのはあんたの頭の中ですから!と叫びたくなる私。
 ちなみに、私がブログをはじめるきっかけとなったmoguさんのページを、とても理知的というか賢いというか、そういう風に感じるのは、とても効果的な怒り方をしていると思うのだ。そして、BYJの中の現代日本の感覚にして”いけてない部分”を”ギリギリ”と命名して楽しむことは、それは世間からの揶揄をも真正面から怒るのではなく楽しむというかなり高度なことをされていると思う。彼の苗字の「ぺ」を用いた遊びについても、とてもうまいなあ、と感心してしまう。もしかしたら揶揄っている側の人たちに対しても効果があるんじゃないかと考える。(勝手なこと書いてすみません。)
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# by chatttenoire | 2005-01-16 00:07 | Comments(2)

見られる体

 今週は病気で仕事に行きかねていました。思えばかなり前から具合が悪かったかも。今は元気になってちょっと爽やか気分です。

 でも今日の話題は(も?)そう爽やかでないかもしれないです。
 前述した「セックス・アンド・ザ・シティーのキュートな欲望」という本は、SATCを様々な側面から分析・批評したもののアンソロジーなのですが、この中に、「男達はみんな変態?ドラマを彩るフリークたち」という分析があります。つまりSATCに出てくるヒロイン4人とつきあう大量の男達はすぐに変な(嫌な)部分が現れそして捨てられることになるパターンがほとんどなのですが、男達はフリーク・ショーの”見世物”となっている、と威勢よく始まった分析が、結局本当のフリークはヒロイン4人というなんとも後味悪いオチなんですが、途中、「登場する男たちほとんど全員が、ユニフォームのように規格化された、完璧な肉体」をしていることに関する記述があり(実際みなさん引き締まっている。そうでなければ度々登場するセックスシーンがグロくなってしまったでしょう。)、SATCは「いまや主流となった、男たちの肉体を官能的に見せるという流行の先人と切ったともいえます。」そして「それまで見る方であって、見られる方でなかった男たちが、なぜ突然いまになって欲望というレンズの後ろではなく、前に立たされることになったのでしょう?」という疑問に、この疑問の逆の方はフェミでかなり問題とされていることでもあるので、かなり興味深く読みました。この分析では「男も女も今や外見が問題」と答えられているのですが。
 この流行というのがどんな流行なのかいまいち私にはわからないのですが(もしかしてブラピの「トロイ」もその流行の一環?)、ずっと面白く感じていた韓国ドラマに出てくる男性の上半身ヌードシーンのことをすぐに思い出してしまいました。韓ドラには、かなりの確率でこれはサービスシーンかな?と思うような男性美(筋肉?)をアピールするシーンが出てくるように思います。「天国への階段」なんてその極みで、男性のシャワーシーンがサービスシーンになるなんて!というなんとも痛快な驚きがあります。
 翻って日本では(これまた全く詳しくないのですが)、「ウォーター・ボーイズ」が繰り返し繰り返しリメイクされているところからもわかるように、男性の裸体を楽しむニーズが十分にあるように思われますが、大人の男性でなく、「男性未満」「あまりにも男性らしくなく」もしくは「女性らしい」「ユニセックス」な男性が好まれていたように思われます。それは、スタローンやシュワルツネッガーのような筋肉質で逞しい男性が女性向けというより男性向けだったように(日本では女性には受けなかったらしい)、荒々しく強い(つまりマッチョな)男性より、ジェンダー差のない柔らかで優しい男性を求める伝統があったように思われます。日本のメロドラマに登場する男性も大抵は線の細い、柔らかな男性だったはずです(?)。(韓国ドラマをかなり意識したらしい東京湾景の主人公も細々しかったですね。ヌードシーンは見てないのですが。)(昔の強い男性と言えば柔道家とか剣道家とかお相撲さんということになるかもしれないが、どれも筋肉もりもりではなさそうだ。そういうのも関係あるかもしれない。)(日本では倒錯した男性が好まれる伝統もある。やや倒錯した男性としてはGacktがあてはまるのではないかと思う。日本においてGacktの体は結構面白い位置にあると思う。)
 なので、「冬ソナ」=メロドラマということからあまりご存じない方は日本の図式にあてはめ、BYJは線が細く、なよなよした男性のように勘違いなさっている方も大勢いるのでは?という記述も目にすることがあります。私も最初に見たとき、たぶん半分くらいまではBYJを普通に線の細い人だと思っていました。それは声優の声のせいもあるかもしれません。「ん?」と思い始めてしばらくして、もしかしてこの人かなり逞しい立派な体の人かな?と気づいた時は結構自分には楽しい瞬間でした。(作品的にもサンヒョクの怯えもそれでやっと理解できました。)私もマッチョはつまりマッチョなので生まれてこのかたずっと嫌いだったのですが、体はマッチョでもマッチョじゃない人、繊細な愛情表現をするマッチョがいるってことがなかなか新鮮でした。(ちなみに冬ソナにもわざわざBYJが上半身裸で着替えるシーンが入っていますね。サービスでなくちゃんと意味があるんだかわかりませんが。)
 つまり、日本の視聴者にとっては韓ドラ&韓国スターは「(健康な)大人の男性」の「体」の魅力を発見するきっかけとなったのかな?とも思うのですが、どうでしょう?それはすなわち今まであまり行われなかったいい年の大人の男性(もちろん若くて逞しい男性も)の「体」を女性が「見る」という視線の逆転でもあるのですが。そしてその逞しい男性は決して女性をその逞しさで圧倒したり屈服させたりはしないのです。この逆転とその力におやじ達はうすうす気が付いているのだと思います。韓国スターを「○○様」とか妙にキワモノのような扱いをしたりする時見え隠れするのは「見られる」側となっている男性を下等に貶めようという意識的か無意識的だかな意思を感じます。
 対して、当の韓国では「体」はどういう位置にあるのか?これまたさっぱりわからないのでなんとも言いようがないのですが、視線の逆転が普通に行われているため、日本より進んでいる、とか、日本のおやじ達が行っているように「見られる」人間は下等だという扱いよりは、体に対する意識が日本に比べると随分原始的というかおおらかな感じがするのですが、どうなんでしょう?日本は普通に目にできるところでわいせつな性表現が溢れている特異な国ということなので、日本が歪んでいるだけなのかもしれませんが、例えば日本ではAVとかじゃなくて”芸術的”映画でも、セックス・シーンや男女の絡みでどうしてもポルノ的な匂いがするのですが、韓国映画では男女を淡々と(平等に?)映しているように思うのです。つまり男性が女性を撮る、という一方感が少ないというか、女性だけが「見られる」のではなく、男性も「見られる」、つまり日本の男性の体は「語らない無言の体」であるのに対して「よく語り主張する体」である、というように感じるのですが・・
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# by chatttenoire | 2005-01-15 00:13 | 韓国ドラマ | Comments(0)

今更な負け犬の遠吠え

 夜になるとごそごそとパソコンに向かい字を打つ毎日。(毎日じゃないけど。)結構妙な生活。みなさん周りのお友達とかにも自分の作ってるページのことお話したりしているのかしらん?私は恥ずかしくて無理です。やってる、ことを話した友達もいるけど、どんなものかとか何を書いているかなんて恥ずかしくて言えていません。ちょっと分裂気味?

・・・・ちょっと削除加筆修正いたしました・・・・
 「負け犬の遠吠え」の感想。
 最初の方は面白いと思ったけど、最後の方は「なんだかなあ」という感じ。「負け犬の遠吠え」を読むなら「Sex and the City」を見るべし!というのが私の結論。
 そもそも負け犬の遠吠え読む気になったのは12月にlalaTVで集中放送していたSex and the Cityを見たせいもあると思う。Sex and the Cityはマンハッタンに住む35歳すぎくらいの仕事バリバリ、独身、お金があっておしゃれで、というヒロイン4人(ありえない設定)を巡る恋愛&セックス&その他いろいろドラマ。35歳すぎの女性(わりとしわしわ有り。)が次々と男性と楽しそうに恋愛をして(失敗もたくさん有り。その失敗がありえな感を薄めてリアリティーがぐっと高まる。)あっけらかんとセックス・トークするところがすかっとしていいねえ、と思った。扱っている題材も色とりどり。その中に一話、子供を産む前のイベントに招かれ家を訪ねる話があって、明らかに負け犬論争な図式だった。つまり”専業主婦”対”独身気まま女性”。きっとあれを見て「負け犬の遠吠え」を読みたくなったんだと思う。
 はたして、負け犬の遠吠えの中に世界の負け犬ストーリーとして、”ブリジットジョーンズ””アリーマイラブ”と並んで”セックスアンドザシティー”も挙げられていましたが・・(つまり負け犬の遠吠えはこれらの作品が下敷きになって日本式にアレンジされている本だと思う。)
 セックスアンドザシティー(SATC)は私の中でダントツ突き抜けている。(lalaTVのみなのかもしれませんが、中村うさぎさんと倉田さんのトークもついていてかなり面白い。)
 ちなみに「セックス・アンド・ザ・シティのキュートな欲望」という本があって、まあこのドラマをねちねち分析しているのだが、基本的にフェミな本。このドラマの背景となっている最近の(といっても数年前でしょうが。)フェミ事情、ドラマ前、ドラマ後のアメリカ国内事情なんかがわかって面白い。
 とSATCの話ばっかりだが、負け犬の遠吠えにも面白いところはあった。それは少子化問題について分析したところ。そして負け犬は女性だけじゃないよ(少子化問題は女性だけの問題か!?)、と吼えているところ。(男性の負け犬についての記述は面白い。)それから、子供を産むことについてのもやもやした話。痛そうだ、とかいろいろ。
 この本は35歳すぎくらいの人がひとつの対象みたいなので、ちょっとまだわからない部分も多いが、確かに、子供を産むのに30超えるとちょっとそろそろ、と自分自身焦っているような部分はある。
 逆に、よく世間的に取り上げられている部分、結婚vs独身の部分は、私の本当の理想は、都会で颯爽と働きながら(別に都会じゃなくてもいいんですが)、男性といくつか恋愛をしつつ、子供が産みたくなれば産み、産みたくなければ産まず、なんてのがかっこいいと今でも思ってる(つまり結婚制度自体に反対ということ。でも、私には無理だと悟っておとなしく結婚しました。)ので、結婚を巡る勝ちとか負けとかは全く面白くもなんともなかった。しかも、独身女性のスター、先達として挙げられているのが”向田邦子”と”長谷川町子”だとは!

 今の世の中だと結婚しても、皇室とかじゃない限り結婚前の自分とそう変わりなく生活することができる。しかし、子供ができるとそうはいかなくなる。結婚と子供がセットの人も大勢いるかもしれないが、私の周辺では、結婚している友人は半分くらい、そのうちほとんどが結婚しても子供がいない。子供がいるのは二人だけ。正直、友達同士集まると、独身がうらやましく見える。年下男性とのコンパの話して盛り上がったりして。そうだよなあ、今からだったら年下がいいなあ、なんてアホなこと考えて。そして正直、子供がいる人は本当に大変そうで、あああ・・・、と。しかも、結婚して今まで子供作ってないと、何のためにか、とか、どういうタイミングか、とか、本当によくわからなくなってしまう。(結婚していない人と同じくらいかそれ以上になぜ子供産まないのかからまれることも多い。一人産んでもまた次とか言われるのだろう。男性も目立たないかもしれないが女性よりむしろ結構露骨にからまれることが多い。どこまで行っても普通(?ちゃんとした家庭)を求める人の要求は止まらないものだ。)
 SATCでミランダ(主人公の一人)が子供産むらしいので、楽しみにしている。&あんまり美化されてない、”子育て教原理派”(by負け犬の遠吠え)的でない子産み子育て話をもっと聞きたい。

 それにしても「負け犬の遠吠え」はちゃんと男性の問題も指摘しているのに、世間ではあいかわらず”専業主婦”vs”独身女性”の図式にあてはめたがるってところが、これからもまだまだ少子化が進むでしょう、と思わされてしまう。それよりも気になったのは「負け犬の遠吠え」で究極の勝ち犬とされているのが、「緒方貞子さん」のような仕事もできて結婚して子供がいて、としっかり家庭も築いている人とされているところ。つまり世の中で理想の女性とされている姿ということだと思うが(ちょっと古い理想像か?)もうそれは単なる”専業主婦”を超えてしまっているところ。この考え方はお役所がやってる男女共同参画推進の中にもちらちら出てくる。なんでも手に入れているところがいい、ということかもしれないが、結構いろんな人にとって居心地悪い考え方のような気がする。こういう人たちはその人個人、その仕事だけで十分評価される人たちのはずだが、それと同じくらいに結婚して子供を産む、という昔ながらの”女性として当然のこと”をこなしていることが求められる、ちゃんと家庭のことをやった上で仕事もというしんどさ加減が、逆行した重い理想像だと思う。
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# by chatttenoire | 2005-01-10 01:24 | Comments(0)

インファナル・アフェア

 正月以来なんだかお腹の調子が悪く今日は一日中寝ていた。夕方からごそごそしはじめ、フィギアスケートファイナルのEXの放送を見て、ドラマ「負け犬の遠吠え」の最初の15分くらい見て、それからレンタルで借りた映画「インファナル・アフェア」を見た。
 インファナル・アフェアってどういう意味だろう?無間道っていうのが原題みたいだが、警官がマフィアに潜入、マフィアが警察組織に潜入し警官として出世、とスパイとして偽って暮らす辛さが”無間”ということだろうが、辛い。辛いよ~。ちょっと後味が悪かった。そして、悪いところは音楽がいまいち。でも男優2人は渋かわいいし(渋すぎず、若すぎず)、まあまあだった。
 唐突だけどアラン・ドロンの「さらば友よ」をもう一度見たくなった。かなり前に見てから見てないし、ビデオ屋さんでも見かけたことない。この映画でアラン・ドロンと出演したチャールズ・ブロンソンは、存在感でアラン・ドロンを圧倒したとかでアラン・ドロンをくった、と言われたようだが、わかりやすい美形と醜男(失礼)だけどセクシーの組み合わせはお互いにいい組み合わせだと思う。(美形の方が不利だけど。)BYJもそういう映画いいんじゃないかなあ。アラン・ドロンはジャン・ギャバンともよく共演している。それを考えるとチェ・ミンシクとの組み合わせなんか面白いような気がするんだけど・・。
 とやっぱり何を見てもBYJに結びついていってしまうこの頃の私。
 BYJとは全く無縁の「負け犬の遠吠え」。本やっと読み終えた。ドラマは本がどんな風にドラマになってるか、見てやろうと思ったが、面倒になって見るのやめた。本の感想はまた明日。
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# by chatttenoire | 2005-01-09 01:24 | 映画 | Comments(0)

あれこれ

 突然ですが・・私はあんまりパソコン作文が得意でない。というのは言い訳で、単にコミュニケーション能力不足なんですが、もう一度言い訳すると、どうも手紙時代にはなかったような失敗がメールになってだんぜん増えたような気がするのです。(あんまり考えずに手が動くってことでしょうか。)個人的に知ってる方なら別の場所でカバーすることもできるのですが、BBSとかブログとかでお会いする方と、そして、ここで書いている文章は、書き散らしで思いついたこと、自分の書きたいこと、頭の中がそればっかりになって、ちょっとあれは駄目でしょ、というような表現をしてしまってることや、そもそもコミュニケーションとして失格でしょ、ということが多々あると思うのです。書き込んだすぐ後で「あー、しまったー。」と思うことなんていつもと言っていいほどなんですが、書き直したり削ったりするのも感じが悪い気がするんで、気にせず放置しているんですが、そしてこういうのはなるべくなくすように頑張る!しかないんですが・・・たぶんそんなに悪気がある人間ではないはずなんでお許しください!・・としかいえません。

 さて、いい訳大会は終了で、今日お昼のワイドショーで聞いた話題について。
 私は住んでいるところと職場との距離が歩いて5分くらい(田舎です。)なので、お昼休みに家にご飯を食べに帰ることがあります。”夕刊キャッチアップ”のコーナーをわりかし愛していまして、BYJを好きになってからは時々つらいこともあるのですが、しかし見ています。そして今日もBYJネタが。ヤフーにもありました。入試にも「ヨン様」。 
 テレビでの紹介を思い出しながら記述すれば・・
「あのビョン様の母校でもある漢陽大学でヨン様現象をを批判的に分析せよ、する入試問題が。これはどういうことでしょう。”俳優のペ・ヨンジュンが、日本の中高年女性に理想の男性像として熱狂的に支持され、ドラマのロケ地に日本のファンが殺到するなど関連する各種産業が盛況な状況を、フランクフルト学派の文化産業論など社会科学理論をベースに分析せよ”ということですが、一気にアカデミックな感じですね~。正解は何なんでしょう!(別の人)批判的に分析せよってのが気になりますねえ。日本のおばさん達を批判するってことでしょう。」
・・・こんなだったかどうだったか、(たぶん正確ではありません。)おばさん批判をしてるのはあんたたちでしょ!と思っておかしくなりました。(外国から批判されるのが我慢ならず、いくら恥ずかしいおばさん達でも守ってやるぞー、ということか、それともそれみろ、恥さらしなことをして、おばさんどもめ、ということか。)
 フランクフルト学派だなんて、私は全く知らないので、ちょこっとネットで検索してみたりしましたが、結構面白そうな問題設定だと思うのです。(こんな題材に使われるBYJ本人はやっぱりかわいそうな存在ですが。)批判的にっていうのは、明らかに日本のマスコミが批判するようなやり方じゃないことが、わからないんでしょうか?あなた達もこの問題やってみたらどうですか?と言いたくなりました。

 それから、今日は「スキャンダル」のDVDの付録をはじめて見ました。映画自体は日本で公開された時にもちろん見ているのですが、DVD発売時の雰囲気についていけず、でもBYJの映画コレクションは当然でしょ、という思いもあり、まあそのうち買おう、とは思っていたのですが、同じく写真集発売時の雰囲気についていけず、かわりにDVD買ったという、変なテンポ具合ですが。
 見ての感想。BYJが生き生きしているよー。
 去年の6月くらいに大阪の友達に会った時に、「冬ソナが二人とも(BYJ&チェジウさん)絶頂期だったんじゃないかな」というので、「そんなことないよー!」と私が言うと「今のぺヨンジュンかっこいいと思う?」と質問されて”うっ”と返事に詰まったのですが、当時4月の来日時の「みなさんにお会いできてうれしいです。」というファンミーティングの様子が繰り返し流されていて、確かにあれは私的にもいただけなく、「あれは体調が悪かったんだよー、それにチェジウさんはいつ見ても印象が違うし、ごにょごにょ」とは言ったものの釈然としませんでした。その後、この人は作品中は生き生きしてるけど作品終わると気が抜けてるんじゃないかな、と思い、作品ごとに進化しているから、今のところ私的ベストBYJはスキャンダル前後のBYJだ!と結論したのですが・・ううう、私が最初に好きになったNHKホームページの黄色い服着たBYJと同じ(雰囲気の)BYJでした。
 その後その友達は「ホテリアー」を見てかなりはまったらしく(冬ソナはいまいちだったらしい。週1ペースがよくなかったとか)、「やっぱり冬ソナが絶頂じゃなかったね」と言ってくれましたが、相変わらず今のBYJはぱっとしないらしく、それってホテリアーが絶頂ってこと?とまたちょっと釈然としなかったのですが。「今でもぺヨンジュンが一番なの?」と聞かれて、「まあそうだけどいろいろ好きだよ」なんてごまかしてしまいました。
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# by chatttenoire | 2005-01-08 00:21 | BYJ | Comments(0)

ガラスの靴

 今日は、スカパーso-netチャンネルで視聴している「ガラスの靴」34話でした。
 このドラマはいわゆる韓国ドラマのこってこて感がすべて詰まったような、交通事故、記憶喪失、病気、生き別れの姉妹、とてんこ盛りドラマです。お約束の連続、昼ドラのような終わり方、とまあ昔風の(しつこい)ドラマなんですが、ドストエフスキー批評で言われるポリフォニー(あんま意味わかりませんが、多重奏?)的ドラマでそれぞれの登場人物達の動き、からみあいにわくわくさせられます。そして、またまたお約束の悪役が大活躍するのですが、今日は一番の悪役の悪行がすべて明るみにされるおめでたい日でした。ばんざーい!この瞬間がたまらないです。この後悪役がいい人になったり、それほどの制裁がくだらなくとも、分かってもらいたい人に本当のことが分かってもらえる、それだけでこんなにも開放的な幸せな気分になるなんて。当たり前のことだし、本当に見る前からわかっているお約束のセリフ、お約束のシーンなんですが、これぞ韓国ドラマの全盛期の(?)勢い。とても感動的でした!
 このドラマはベトナムだったかで放映された時、放映時間には街から人が消えるほどの大人気だったとか。昔「おしん」が東南アジアや世界各国で人気だ、と聞いたときびっくりしたのですが、韓国のドラマが同じくアジア各国で日本よりずっと前から人気だったことをはじめて知ったときは本当に驚きました。so-netチャンネルの番組「アジアン・ティーザー」というアジア各国の音楽事情や庶民の文化事情をおもしろおかしく紹介している(ちょっと馬鹿にしているような調子もある)番組があるのですが、日本では洋楽はよく聴かれていますが、アジアの他の国の音楽をよく聴く人は今まではほんの一部の人だったと思います。しかしこれを見ているとアジアの他の国々ではいろんな国の音楽が流行し(もちろん日本の影響は大きいことがわかります。)、受け入れられ、そして自分の国の音楽が豊かになっているんだということが感じられます。韓流によって日本でも(私を含め)そういう流れが生まれたかなあ、と思い面白い時代になったなあ、と思います。
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# by chatttenoire | 2005-01-07 00:32 | 韓国ドラマ | Comments(0)

古臭いドラマ

 しつこいのですが、またまた冬ソナは古臭いと絡まれたので、私が古臭いと思うドラマはこれだぜ!!という作文。
 
 その1。ちゃんと見てないくせに書くのは、見ずに冬ソナ批判する人と同じで反則なんですが、「白い巨塔」っていつも古臭い、と反射的に思ってしまうのです。ビデオ屋さんで前通り過ぎただけで、古臭っ!と思うのですから、冬ソナと聞くだけで古臭っ!と反応する人も仲間のような気がしてきます。何が古臭いかって、原作が古い作品なんですから、古い時代設定ならば違和感ないのですが、現代にそのまま置き換えたら(時代設定は現代じゃないのかな?)どうしてもそれぞれのキャラクターが古臭くなってないでしょうか。医療問題も今も昔も同じ問題が、と言われていましたが、きっと同じことをやってても雰囲気がまるで違うんじゃないかなあ、と思ったのです。あんな真面目な感じ(悪いことをすることに対して)でしょうか?そして、女性の描き方がもう、物凄く古臭いです。あれを古臭いと言わずに何を古臭いと言えるでしょう。

 その2。最近スカパーで見ている「パリの恋人」。こちらも最後まで見てもないのにまたもや反則ですが。ちょっとノリきれない感じがあったのですが、いよいよのれないどころか古臭いドラマに見えてきました。プリティー・ウーマンを意識している、との話で、貧しいこれといってとりえのない女の子が財閥の御曹司の社長に見初められ・・という王道のシンデレラストーリーなんですが、プリティー・ウーマンは古臭いと思わなかったのに何故にパリの恋人は古臭いのか。ちょっとあれこれ散漫な感じなのです。(同じくシンデレラストーリーの”1%の奇跡”はまだ10話までしか見てないのですが、こちらは単純明快で面白いです。)三角関係で報われない男性がこれまた財閥の御曹司。お金持ちに囲まれた貧しい子、を主張したいのかもしれませんが、ちょっとくどいです。そして、貧しくて卑しい子、男性を誘惑する女性のように蔑まれるようなシーンがいくつか出てきますが、プリティー・ウーマンは娼婦の何が悪いのさ!と突き抜けてるようなとこがありましたが、この女の子のポイントが何なのか、映画が好きで、だから何をやってるのかって何もやってないし、おばさん臭くても純粋でかわいらしい、ということなんでしょうが、その辺が単に古臭いシンデレラストーリーに感じられます。BYJよ!この作品を選ばなかったのは正解です!!
・・そして・・今まで私が見てきた韓ドラはどれも物凄く真剣で、その真剣ぶりがおかしくって、でもちゃんと見ているとそのおかしなところが良く見えてきて、という”新しさ”があったのです。冬ソナだって最初は笑いながらつっこみながら見ていました。笑ってしまうようなことを大真面目でやってるところが逆に”新しさ”だったと思うのです。このドラマの女優さんはコメディーが得意だということで、このドラマにもそんなシーンがたくさん出てきますが、それが普通にコメディーで、そこがまた私的には”ありきたり”感を増してしまっているような・・。コメディーは難しい、ということか・・。

 トモトモさんのページでNHKで冬ソナを買い付けた女性の話が書かれてあったので、思い出して検索してみますと、なんとウーマン・オブ・ザ・イアーに選ばれてました。こちら。インタビューに「一時期の韓国ドラマには、情報発信国を目指して盛り上がっていた熱いムードがあり、それを魅力的と感じたということなんです。」とありますが、やっぱり”一時期”かあ、と思いました。私がいくつか読んで感銘した本は日本の韓流ブーム前のキム大統領の頃の話がほとんどでした。(キム大統領って色々あるとは思いますがやっぱりすごい大統領だったんじゃないかな、と私は思います。)きっとその頃の作戦が今実っているわけで、今は?、というとこれからはどうなるかわかりませんね。「パリの恋人」や軽く楽しめるアイドル映画の盛り上がりを思うと、ちょっと複雑な気分ですが、なんにせよ今後はドラマ視聴は控え、映画をもっと見るぞ、と思うのでした。
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# by chatttenoire | 2005-01-05 22:58 | Comments(0)

韓国あれこれ

 私は今でこそ行ったこともない国、韓国が好きだと勝手に思っているが、2002年ワールドカップの時はむしろ嫌いな国でした。今でもくっきり覚えていますが、イタリア対韓国戦なんて、もう、韓国に激怒しながら見ていました。でも、パワーの凄さはひしひしと感じられて、サッカーもうまいし、思い入れも強いし、なんで韓国一国開催にしないんだろう、へっぴり腰の日本がなんで割り込んでるんだ?と思いながら見ていました。
 冬ソナにはまる少し前に、”コンテンツ・ビジネス”とやらの研究をやってる知り合いが、なぜそんな勉強が必要かということを説明するのに、韓国を挙げていました。ハリウッド映画は実は政治色が強く、アメリカの思想、アメリカの考えを伝えるために有効的に使われている、この力に韓国は気づいた、と。反して日本は映画やってる、というとあぶない職業のように思われるし、業界の経済的なシステムは無いに等しい。そのシステムを作る研究が必要なのだ、と。それから、アニメーターをやってる友人曰く、ジャパニメーションなんてもう終わる、数年後には中国・韓国に抜かれてしまうよ、と。とにかく環境が物凄く悪い。「千と千尋」が賞をとってからもっと酷くなった、と。
 そこまで聞いていても「シュリ」も「猟奇的な彼女」も見てみようとは全く思わなかったのですが、冬ソナを見て一変。映画「ペパーミント・キャンディ」を見て、ほんとのほんとに凄いなあ、と心底ぴっくりしてしまいました。もちろん映画や俳優も凄いのですが、これを見るまで韓国の近代史もほとんど知らなかったのですが、国としての歴史、動きそのものがドラマチックで、その歴史にもはまってしまいました。
 さて、この国家が介入して映画やアニメの産業を育てていることに対して、日本であれこれ言われています。日本は確かに国家とは全く無縁の場所でサブカルチャーとかいう世界でも唯一無比の文化を育てているのですが、そしてその内容にはあんま詳しくないのですが、やってる人たち(友人一人しか知らないですが)は現に救いを求めているわけで、しかし、日本の場合お役人たちはそういうものにうとくてやってることはちぐはぐで、というような具合のようなのです。
 それに対して、韓国では、私の知ってる限りではほんと鮮やか(日本の韓流ブーム前まで、です。今後はどうなるかわかりませんね。)です。
 これが本当にどういうことなのか、憶測とか意地の張り合いみたいなのじゃなくて、ちゃんと研究してほしいのですよね。韓流を茶化したみたいな報道ばっかりで、もちろん自分の好きなものを茶化されるのがつらいのもあるんですが、こんなことやってる場合じゃないんじゃない?と本当に情けなく思うのです。それとも隠し玉でどっかで密かにやってるんでしょうか?
 そして・・最近見つけたそういうようなことを掘り下げたような本「アジアンの世紀」というのを買ってみているのですが、まだ読んでいません。
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# by chatttenoire | 2005-01-03 23:12 | その他韓国 | Comments(2)

怒怒、我が実家

 昼過ぎに起きて、明け方まで起きているよろしくない生活。
 4日からぱりっと働かなければならないのに、どうなることやら。
 
 さて、今日は新年の誓いを早くも破り怒りの作文。
 2日のお昼、私の実家で例の叔母さんとお話を。私の実家はここまでひどいか?というくらい韓国に対して偏見ありすぎの人たち(去年はそれをだんだん気づかされた一年でした。)なんと今日、祖父母に「ヨン様とかなんとかあんなものを好きな子はもう二度とウチの敷居はまたがさん」と言い渡されてしまった。最近ヨン様好きなんてあの家で決して言ってないんだけどね。妹があること無いこと言っているに違いない。あることがきっかけで最近亀裂が深まる姉妹関係。これを妹は私の韓国好きのせいにしていて、私は更に激怒、と悪循環。(だから、韓国語習ってるなんて家族の誰にも話していません。まるで隠れキリシタンみたいですぜ。)
 で、例の叔母さん。食後集まってテレビでやってたフィギアの話をしていたはずなのに、突然はじまる攻撃。「ヨン様ってあんなのどこがいいの?」(←これは去年のお正月に好きだって表明してたためです。)それに乗る母。「写真集ってあれは何?頭すげかえたみたいな、気持ち悪い」「まさか買ったんじゃないでしょうね。」「買ってないよ。」と私。「そりゃそうね。あんなもの。」・・・怒怒怒・・・絶対に買う!そのうち!
 でもちょっと振り返って面白いのは、頭と胴体が結びついてないってところ。
 叔母さん、興奮して攻撃止まらず、イビョンホン攻撃へ。「ものすごいぶっさいく!」「やくざじゃない、あれ」 「そうそう、やくざの下っ端、いや中堅くらいかな、みたいよね。」「チェジウと一緒に出てるCMはお水とやくざのおつきの旅行みたいなんだから。」(また言ってます。)
 そして冬ソナ攻撃。「最終回だけ見ましたが1時間笑いが止まりませんでしたよ。」と大学生の従兄弟。「あれはね、昭和30年代の感覚よ。あんたずっと笑ってたもんね。」とうれしそうな叔母。
 「サンヒョクやってる子はかわいいね。あっちの方がずっといい。」と突如叔母。そうなんです。たいして韓流に興味なかったり冬ソナ全部見たことないような人に限ってヨンハ好きって言う人結構いるんです。たぶんBYJ好きの裏返しで言いたいんでしょうけど。(もちろんそうじゃなくて本当にヨンハ君が好きな人もいることはわかります。でも私の周りじゃこんな人多いのです。)「韓国のファッションは日本とちょっと違ってるから、見慣れてないとやくざみたいに見えるんでしょ。メイクも違うでしょ。パク・ヨンハは日本に受けるようにファッションも日本のスタイリストつけてるから(?ホントかどうか確証は無し。)自然に見えるんじゃない。」と一応かすかに応戦しましたが、今日はもう特に戦う気もなくおとなしく聞いていました。
 しかし、これは何なんでしょ!わざわざ好きだって表明(過去)している人にからむのってどういうこと?しかもみんなで取り囲んで!
 想像済みだったので驚きはしませんでしたが、やっぱりちょっとへこみました。

 その後、久しぶりに帰省している友人と会ったのだけど、その子のお母さんは韓国ドラマに最初のBS放送の時からはまっていて、チェジウが好きでヨン様は別に、とか言っていたらしいけど、ヨン様の写真集にはかなり興味を示している、とのこと。いいなあ、そういう普通の(?どっちが多数派なんでしょ?)お母さん。

 最近、ネットであるBBSを見ていて、冬ソナ、韓流へのアンチな反応は、流行っているモノに対する怯えみたいなものもあるんだ、ということに気づきました。「私の知らないものが流行っているみたいだ。」「早くついていかなきゃ」と。そして、ちょっと情報を集めてみて「なーんだ、馬鹿馬鹿しい、わざわざ知らなきゃならないものでもなさそうだ。」と。
 私は流行に敏感な最先端な人間でないので、そんなこと夢にも思わなかったんですが、そういう人もいるみたいです。
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# by chatttenoire | 2005-01-03 03:40 | その他韓国 | Comments(6)

あけましておめでとうございます

 今年はちょっとだけ落ち着いて作文しようと、決意。(むりかもしれませんが。)今年もよろしくお願いします。
 
 初詣では「今度の映画(もちろんBYJの)が成功しますように。」なんてお祈りしましたよ。
 最初はおそらく30代くらいの女性との不倫映画ってことだった様なのですが、相手役として決定したのは20代前半のソン・イェジンさん。20代前半の女性と30代前半の男性の不倫って???なーんかちょっと年食った男が若い女をたぶらかしているような、あんまり[対等]の恋愛ってものが想像しがたいのですが(対等にこだわりたい私)、そういえばBYJが前につきあっていた女性はそのくらいのお年であったなあ、と思い出し、じゃあきっと大丈夫、と思ったのでありました。でもやっぱりお話としては、30代の方に感情移入して見たとすると、夫に不倫されて20代前半の男と自分も不倫を・・・と考えるとやっぱりその逆は胡散臭いのでノリきれないかも、です。それに、不倫ものとなると「年齢」関係は心理的バランスでかなりモノを言うと思うので、他の登場人物(もともと不倫してたカップル)をどう処理するのかとか、性をどのくらい掘り下げるのかとか、女の側が「若さ」という要素を持っているならば、そのバランスをとるため男の側にどんな要素をもっていくのか、とか興味津々&ちょっと不安。(そういえば同じ監督の名作「8月のクリスマス」も私的にはいまいちノリきれない映画でした。でもあれが不倫になると・・まあ結構面白いかも。イ・ヨンエさんが出てる方はまだ見てないのですが、ちょっとドロドロしているみたいなのでぜひ近いうちに見てみたい。)(&こう考えてみるとスキャンダルは下敷きとなった小説があったにせよ、見事なバランス具合だったなあ、と。また冬ソナはチュンサンの私生児という要素がバランスの要だったかな、と。)
 まあしかしなんにせよ、成功してほしいなあ、と思います。世の中の評価も、興行成績も、そして有識者・業界人の評価も。
 
 年末は、紅白歌合戦とスカパーでやってた”MBC10大歌手歌謡祭”を見ました~。
 イ・ジョンヒョンさん、声が結構好きだし歌もパワフルなので、楽しみしていました。それに韓国の歌手の方のファッションも私の目には!!!なことが結構ありますから、!!!なことにならないかちょっと不安だったのですが・・・すごくかわいかったし歌もやっぱりパワフルだったし日本語もきれいに歌っていてほんとによかったー。
 そして、BYJとチェジウさん無き冬ソナコーナーをどう処理するのか・・すると、なんと声優で解決していましたな。あんたがチュンサンと名乗るなっ!と一瞬怒ってしまいましたが、うまいこと考えています。
 そしてそして、イ・ビョンホンさんもどんな演出になるのか、10大歌手祭はじまっていたので画面分割して待ってましたが・・うーん、まさに「大使」でした。これがもしBYJならば・・。BYJって本当に気の毒でこれは先頭きってる人間の宿命なのか、出たらあれころまたかなりたたかれていたでしょうし(お金がどうとかね。)、周辺はまたもや物凄いお祭り騒ぎになったでしょうし、・・。「大使」になりたくてもなれないような状況だったでしょうね。100人の大使よりBYJ、とかなんとか見る人が見ればちゃんと認められていますし、BYJは出ないところがBYJなんですが、まああれこれ思ってしまいました。
 10大歌手祭、私はピが結構好きで、1日のNHKの歌番組と併せて、かなり楽しんで見ました。それから、ちゃらちゃらしていてあれなら日本のジャニーズとかで十分じゃない?、と思っていた”東方神起”は踊るとすごくって、歌も結構よくって、一人美形がいて、ちょっとだけ心動かされてしまいました。成る程人気なわけだ、と。でもファッションは!!!!でした。見慣れるとまああんなもんなんでしょうけど。
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# by chatttenoire | 2005-01-02 03:09 | BYJ | Comments(0)