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-大好きなことと腹立たしきことを発散すべくつぶやくブログ-


by chatttenoire
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「バリでの出来事」の余韻

 KNTVで一週間に一話、ねちねちと放送されていた「バリでの出来事」がついに最終回。だったのは先週の木曜日でした。“衝撃の最終回”という触れ込みだったことと、どのレビューサイトでも見ないほうがいい、と注意書きがあったので、努力して一応どんな終わりか知らずに最終回を迎えたのですが・・・まあ、予想通りの終わり方だったような・・・。(最終回前の予告で大体なんとなくわかりました。)一週間二話放送のドラマを一話づつだとやっぱりちょっとテンションが下がります。そんな感じでもう脱力、廃人ですわ・・・ということにはなりませんが、やっぱりすごいドラマだったなあ~、と終わってしばらくしてもしみじみ深まっていくような・・・そんな感じです。
 “衝撃の最終回”を楽しむためにあらすじを見ない方がいい、というのは、つまりミステリー小説のトリックが明かされるシーンを先に読まない方が楽しめる、とか犯人が誰かわかって読むよりも誰かわからない状態で読むほうが楽しい、というようなことだと思いますが、このドラマは、最後がわかっていても充分に見ごたえのある、むしろ最後を知って見た方が理解が深まるような、そんなドラマのように思います。最後まで見た後、強く思ったのはとても“劇”的だ、ということ。私は舞台を見たことがないのですが、シェークスピアとかギリシャ悲劇とか、そんなものが連想されるような“劇”的ドラマだと思います。有名な劇ってあらすじは知ってあまりあるのだけど、でも面白い。そして何度でもドラマチック。
 思えば韓国ドラマって結構ギリシャ悲劇みたいなドラマが多いような・・・。“赤いシリーズ”がどんななのか知りませんが、そういう日本のドラマよりもそっちの方がずっと似ている気がした。なんだかすごくカタルシスが得られるのです。こんなカタルシスを定期的に(やはり終盤じゃないとカタルシスは得られない。)得られるのは幸せな毎日です。
 それにしてもなぜこんなに私はカタルシスを求めてしまうのかな?多分とても原始的な本能なのだと思うけど。そしてこんなカタルシスを必要としていない人とはどんな風に違うのだろう?(それはともかく、冬ソナについてもメロドラマ的解釈が多かったように思うけど、ギリシャ劇なんかと比較した方がしっくり来るような気がしてきた。映像的にも劇と比較すると韓国ドラマはわかりやすいかなあ?そっちの方面に(どっちの方面にも)くわしくないのでこれ以上は無理ですが。でも無駄にちょっとだけ調べてみたくなった・・・。成果があればまた今度。)
 「バリでの出来事」に戻りますと・・・若い男女4人の四つ巴のようなお話。4人がそれぞれを牽制してすくんでいるような。ボレロのように最後になればなるほどテンションが高まっていく方式のドラマなのですが、そのテンションが究極まで高められた後、悲劇は起こる。その底流に流れているのはどうもグラムシのヘゲモニー理論とかいうものらしい、ということはわかるのですが、肝心のそのヘゲモニー理論とやらがわからなくて理解不足かな?というわけでちょっとだけ調べてみることに。昔だと図書館なんかへ行かなきゃならなかったのですが、今だとネットでかじり知識が得られるところが、便利なんだか中途半端なんだか。(グラムシもいつか本など読んでみたいと思います。こんな風に芸術家や知識人の名前なんかを出す辺りは、有名な曲をテーマ曲に据えるような、韓国ドラマの無謀なというか幼稚なというか、そんな面白い一面のように思います。スノッブだとも言えますが、今回はお勉強になっているような気がする。)そんな感じでネットで調べましたら、「ヘゲモニーとは、個人の言動を外側からの支配(法的強制、政治的圧力)ではなく、内面的な服従をもって同意させる力」だそうなのです。つまりは一方的に支配されているのではなくて、自ら服従してしまう、知らず知らず思い込んでいる、というのがよりやっかいな状態だってことでしょうか。もちろんヘゲモニーを行使する人間には経済力や政治力があります。というわけで、このドラマではもちろんジェミンがヘゲモニーを行使する側の人間。そして、イヌクは貧しい。でも恐らく彼は最初は何が何でも出世しようとか、そんな気持ちは持ってなかったはず。グラムシの本を持っていたのは、社会での自分の位置を正しく知り、そしてグラムシの“ヘゲモニー同士の戦い(?ってなんだろう)のあとに、社会主義革命がおき、その後に新しい文明社会がくるという予言”を信じたかったのかもしれないが。しかし、ジェミンがスジョンへの愛とイヌクへの嫉妬にはまって行き、どんどん(わかりやすく)壊れていくのと同時に、イヌクも静かに壊れていく。手段でしかない経済力を不法に手に入れてバリに高飛びするイヌク。ヘゲモニー的にこれはどうなんだろう?やっぱり理解不足。一方ヘゲモニーを行使できる側の人間であるはずのジェミンはその強大なヘゲモニーに振り回される。二つのヘゲモニーの一方はスジョンってことか?もうちょっとちゃんと調べなきゃな。
 それにしても、私は最後まで(しかも最後の最後も。)イヌクってヨンジュが好きなんじゃないか、と思っていたのですが、それは大間違いかな。私は誰にも特に思いいれすることなく、見ていたのですが、というのも全員の思惑がはっきりしなくて、思わせぶりなので推理で精一杯だったのです。途中からジェミンが一番わかりやすい人物だったので、思い入れはジェミンにしていました。スジョンは思いのたけを吐き出すシーンが二回あります。黙っていた子がしゃべるとそれだけで物語が動き、軽くカタルシスが得られます。(そんなに簡単にカタルシスって得られていいのか?カタルシスの使い方ももうちょっとお勉強しなきゃ。)一つはジェミンに行かないで、と縋り付かれて「心を許さないのは最後のプライドよ。」と言う場面。もう一つは最後の最後に「心を許さないのは最後のプライドだったのに・・・」と「あいしてる」。こういう「・・・なのに~」というようなやや後ろ向きな(彼女が後ろ向きだったのは、イヌクによって貸されたグラムシ本のためヘゲモニーを意識しすぎたのかもしれません。でもそんなところが好きです。一方のパリの恋人ではヘゲモニーの一つも考えないところが納得いきませんから!)ヒロインがか細いお嬢様風の美人だったらお話が全く変わってしまうところなのですが、このスジョンという女をハ・ジウォンが演じているところがとっても現代的だったと私は感じます。つまりふてぶてしい外見、ふくよかな丸顔、多少エキゾチックな挑戦的な顔、大胆な体格。勿論4人全員が素晴らしい体格だったのですが。イヌクは最後までよくわからない人物だったので、今度はイヌクの視点でこのドラマを見直してみたいと思います。ヘゲモニーももうちょっとお勉強してから。第1回目はとにかくインソン君演じるジェミンの面白演技に釘付けでした。本当にアッパレ。最後のバリの夕焼けの場面は本当にこれ以上はない彼のヒノキ舞台(?)。途中までは悲劇なのに笑いながら見ていた私。きっと二度目は笑えないかな。いや笑うかな。
Commented by トモトモ at 2005-06-29 17:13 x
おおお、ご覧になったのですね~
私はTBSの深夜でやっていた頃にはまって、DVDも買ったのですが、
知人に貸し回っているので(^^)今度またゆっくり見直してきちんといろいろ考えてみたいなーと思っています。自分のブログにもまとまった感想は書けていないので。
私はイヌクに萌え萌えですっかりジソプファンになり、今『ガラスの靴』折り返し点突破しました。
見終わったらまた書き込みに来ます~以前『ガラスの靴』について書かれていたところ、
ネタバレするかと思って読んでいないので…
ではまた!
Commented by chatttenoire at 2005-06-30 00:30
トモトモさん、こんばんは。
バリはもう一度見て考え直したくなるドラマですね。トモトモさんのブログでも、書かれてましたよね。全部見た後読もうと思って楽しみにしていたのですが、どうしても見つけられません。何月何日だったでしょうか?
ジソプのイヌク、私はガラスの靴を先に見たので、アチョーッ、と今にも言うんじゃないかと思いながら最初は見ていたので、雑念が多かった・・・今度は彼を観察しながら見てみようと思っています。ガラスの靴について書いたものは、まあまあ駄作です。トモトモさんの文章に期待しています。書きにくいドラマなんですよね。
by chatttenoire | 2005-06-29 00:10 | 韓国ドラマ | Comments(2)