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女の名分

 宮廷女官ジャクギについて。
 第28話にてジャクギが皇帝に嫁いでいないこと、嫁ぐ(もしくは娶る)=冊封(という言葉中国語字幕では何度も登場しますが)されていないことがはっきりします。それまでにも皇帝の執務している所へお茶やお菓子を運んだり、気軽に外へ行っているのでそれとわかりますが。私はこの辺の皇帝とジャクギの関係の描き方はとてもクールで素敵、と思っていました。10年以上に渡る忍ぶ恋を耐えて耐えて(その間、洗濯所で肉体的にも何年にもわたって痛めつけられ)、やっと彼は皇帝に即位。二人きりになった。それなのに嬉しさでワー、とかならない。案外人間そうなのかもな。と思わされるクールな展開です。(逆にその直前の10年以上の忍ぶ恋は私には意味不明だった。特に皇帝に背いてまで意に沿わない結婚を拒むその態度。なんちゅう女だ。)日本語字幕版を見るまでは、皇帝ははねっかえりのジャクギを思って冊封しなかった、と解釈していたのですが、皇帝自身が彼女といつでも会いたいために冊封しなかった、と理由を語っていることがわかりました。この冊封をしないがために、ジャクギは”あがり”の状態にならない。皇帝のジャクギの間には一瞬一瞬の真剣勝負が生まれていると思います。10年以上も前に浅野素女著「フランス家族事情―男と女と子どもの風景」 (岩波新書)を読んでフランス的非婚カップルに対して憧れをもっている私としては、なんとフランスチックなお洒落な関係なんだ!とびっくり~。ただ、当時の封建社会の考え方からするとこういった関係はあり得ないの一言だったんでしょう。十四皇子は「女の名分を大事にしなきゃ!」と説教します。ちなみに名分って何?と思って検索すると”【正名】中国,古代の名分概念。《論語》の〈名が不正だと,礼楽文化は衰微し,刑罰は不当になる〉(子路篇)の〈名を正す〉,つまり事物の実質を正確に認識する称呼(よび名)を保持すること。”というのが出てきた。きっと近い意味だろう。冊封されると皇帝より一字もらい〇妃、〇貴妃、〇嬪、〇皇后というようになるそう。皇后以外の後宮の妃は、皇后に仕える身である、という身分だそう。(つまり皇帝の配下じゃなくなるのかな。)そして皇后は1人。死ぬと次の皇后を立てることができるけど3人までと決まっているそう。乾隆帝はある皇后が気に入らなくて別の人を皇后にしようとしたところ、何の非もない皇后を廃することはできない、と臣下から横やりが入って思い通りにできなかった。皇帝といえども皇后を勝手に廃することはできないのだ、というのを読みましたので、皇帝がジャクギに向かって言った言葉は当たっています。(ちなみに私はこういう正直な雍正帝が好き。皇帝になってから男前があがっている。皇后の立派さも男をあげてるねー。きっとそれぞれの女性たちの人生をそれなりに満足させることができるだけの配慮があるんでしょう。)最近見始めた雍正時代の中で、康熙帝がたくさんある牌子から(夜伽の相手を)お選びください、と示されて、選んだのに、〇日続けて選んでいます、健康のために御控ください、と李公公から諌められていた。こんな風に夜伽の相手を選ぶことも思いのままにならない。妃になると政治的な存在になるだろうし、何より行動が制限される。十三皇子にもこんなに気軽に会えないだろう。親の死に目にも外に出たりなかなかできないんじゃないかしら。つまり姉の死に目に会えたのはそういう冊封されてなかったから、ではないだろうか。皇帝が死んだ後も後宮から一生出られないし。きっと彼女もそれらを知っていて自分が渡せるものは自分の心だけだ、という皇帝の説得に応じたのだと思う。皇帝は彼女が本質的に求めているものはこの時代の人間が当たり前のように求める名分じゃないんだ、と理解しているんだと思う。それが理解できるだけモダンでジャクギの現代性をも広く受け止めることのできる度量のある男性であると思われる。十三皇子もまたモダンな男性だ。(ちなみに十四皇子はモダンではないが、モダンであることに憧れ、モダンに近づこうとしたのだと思う。)だけども、こういった関係を選んだがために彼女は自由であり、それがために皇帝は彼女が去って行くんじゃないかという恐怖に捉われる。本当は後宮の奥深くに隠したいのだと思うけど、だからと言って彼女を縛るとますます彼女の心は離れることもわかっている。こんな一瞬一瞬の緊張感がいいなあ、と思うわけです。一方の彼女は?私がいまのところ感じる彼女はフィーリングの女。フィーリング勝負の恋愛至上主義者。八皇子を振ったのもフィーリングだと思う。無駄な権力闘争をする彼を支えることができるほど彼が好きじゃない。四皇子については?将来恐ろしいことをする人だと知っていたはずなのに、彼女は彼を好きになってしまう。わかるようなわからないような。
 あと、彼らの年齢について思いを巡らせると、この後半のしっとりとしたドラマの色調が理解できる気がする。このドラマの最初の4話を私は見ていないのですが、いつも情報をくださる方の紹介で知った英語サイト(←英語がわかる方はネタばれしますので、リンク先を見ない方がいいかと思われます。)を見ますと、現代では25歳だった彼女はタイムスリップで16歳に。13皇子監禁前の会話で前に一緒にお酒を飲んでから8年(?)たった、とか、それから雍正帝誕生まで10年。雍正帝は即位時には45歳。皇太子が最初に廃された時の四皇子は31歳。2回目に廃された時が35歳。(四皇子のむりやりキス事件は31歳前かしら?そうなるとジャクギは21歳頃。若かったー。)彼が35歳だった時のジャクギは24、5歳辺り?即位時にはジャクギは34、5歳ということになるかと。だから、彼女が十四皇子との縁談を蹴って洗濯娘になったことがわからないのだよ!即位まで何年、ってわかっててそんなことできる?34歳まで耐えるなんて。まあ、耐えた人の気持ちがわからないからわかっているのか不明だけど、その後のことは想像ができる。洗濯所で同僚の女官たちが去って、新しい女官が入ってくるシーンがある。確かあの頃から同僚たちは彼女を”姑姑”と呼び始めた。それまでは”小姐”(お嬢さん)、”ルオシー姑娘”(ルオシーお嬢さん)、”姐姐”(お姉さん)と呼ばれていたのが変化したため、検索すると”おばさん””おばさま”とのこと。宮中でどんな風に使われるのか不明であるが、恐らく実際歳をとったからそう呼ばれるようになったのだろう。ちょうど20代後半となった頃。女官たちが宮中を去るのは25歳頃までだそうなので、それを越えると”おばさん”だろう。達観して石のように日々を過ごしていたであろう。で、ついにその日を迎える、と。だからと言って34歳と45歳だとそんなにきゃぴきゃぴしないでしょう。それに彼女は病気だし。だから1年近くプラトニックだったのかな、と皇帝に好意的に想像してみたり。お産は当時命がけだったらしいですしね。(産後お亡くなりになるケースが多かったそう。)
 ここからねたばれしますからまたもや字を薄くする方法で。
 先に紹介しましたリンク先を読むと、原作では、13歳へ(?)タイムスリップするらしい。13歳から13歳にタイムスリップするのかな?そして現代には戻れないらしい。そうでしょう、そうでしょう。そうでないと!だって25歳の人が16歳からやり直してあんな濃密な人生を30代後半まで生きて、25歳に戻ってたら、一体中身は何歳ですか?妖怪人間ですよ!ってことです。13歳からはじまったら2回目の廃太子の時にジャクギは21歳くらい?そして即位時には31歳くらい?少し若いです。八皇子との恋愛時にはほとんど子供ですね。そして十四皇子の縁談を断ったのは若気の至りかも。お産を考えてもそのくらいの年齢が妥当でしょう。ドラマ化すると13歳から始めるのは難しく、それで16歳になったものと思われますが、ラスト、現代に戻れない、という点は守ってほしかったなあ。きっと原作は緻密に計算がピタッとはまったようなお話なんだと想像できます。そもそも、彼女が冊封されたなかった、という設定。冊封された人物を描くとなるとどうしても歴史に少しは足跡が残っているモデルが必要となってしまいますが、そうじゃないことによって思いのまま描くことができる。彼女が火葬されたことといい(もし火葬されていなかったら追封(?)されたりなどして立派なお墓が残っている人物になってしまうかも)、ぴったりはまっていて、ブラボーです。

 追記:めっちゃ長くなってしまいましたが、これでこのドラマについて書くのも終わりにしようと思います。~
 このドラマをポップ、と何度か書きましたが、このドラマは、パロディなんだと今、はっきり認識しました。つまり本家本元の現在史実だと思われている事実や、雍正帝を描いたこれまでのドラマや現代の中国人がおおよそ知っているであろう雍正帝や雍正帝誕生までのエピソードにタイムトリップしたヒロインをどのようにあてこんでいくか?それを楽しむ小説、ドラマだということです。このドラマを見るにあたって、一般的な中国人に比べて恐らく日本人は雍正帝に関する知識が圧倒的に少ないことは間違いないでしょう。雍正帝を描いたドラマを見たことがある人も少ないでしょう。そういうスタートからこのドラマを楽しむことはできるか?もちろんパロディ作品を元ネタを見ずに楽しむこともOKでしょう。ただ、元ネタで当然描かれることがこのドラマではすっ飛ばされるところも多く(例えば視聴直後の感想でも書いたように雍正帝の皇帝として評価されている部分がわかりやすくは全く描かれない)、歴史ドラマとして正面から楽しむものではないということを忘れてはならないかも、です。つまりとっつきやすそうに見えて意外ととっつきにくいドラマでもあるのかも。例えばルオシーがなぜ四皇子を恐れていたのか、結局彼を愛したのか、ルオシーと同じ程度くらいには史実(もしくは今の中国で知られているエピソードやうんちく)を知っていた方がよくわかり楽しめるかも、ということです。(オタク向けか?という面もあるように感じる。)しかし、知らなくてもキャラクターとして楽しむことはできる。であるから、このドラマ&小説が人気を得て、似たようなタイムスリップものがたくさん作られたそうなんですが、現在それが禁止されている?らしき情報を見かけた気がするのですが、それは納得できる気がします。若い読者や視聴者にとってこれが最初だったら?ちょっと良くない気が確かにしますね。そしてそれらのタイムスリップものの中でこの小説、ドラマが断トツに出来が良かったらしき評価も、なるほどです。たくさんの史実を一女性のせい、というのはちょっと陳腐な感じはしますが、これだけの因果関係をピタッとパズルを組み立てるようにピッタリはめてしまうのはやはりお見事と言えます。タイムスリップしたヒロインを通して歴史上人物の裏側を覗き見るような楽しさがありますし、タイムスリップして皇子たちからモテモテという設定は女心をくすぐる一方で、うらやましいと思っちゃダメ、怖いんだよ、という所もしっかり描く、とにかくよくできていると思います。

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by chatttenoire | 2012-11-26 01:16 | 中華 | Comments(6)
Commented by あらん at 2012-11-26 18:18 x
こんばんは(^_^) 自分の解釈に近いので拝読して感激しました。

他の記事も読ませてもらいますね(^_^)v

Commented by chatttenoire at 2012-11-26 18:46
あらん様。
読んでいただいてありがとうございます~。ただ、読んでいただいていた頃(ついさき頃)、推敲していたので、ちょっと内容が変わったかも、です。
ネット巡りしていたら、雍正帝が彼女を側室に娶っていないこと、若干評判悪い気がしますねー。そこがいいのにー!!と、擁護したくて書いてみました。
同じように考えておられました?そうだとしたらうれしいです。
Commented by あらん at 2012-11-27 12:49 x
こんにちは! 正式には側室となっていませんが、先帝の女官だった時とは明らかに彼女の髪型髪飾り履物がグレードアップしましたよね。
おまけに皇帝の住居兼執務室である殿舎に住まいし、女官や皇帝の太監にかしづかれています。皇后に仕えるその他大勢の側室とは段違いな扱いですから、私はなぜ評判が悪いのか不思議です(;一_一)おっしゃるように彼女のフィーリングにはぴったりの状況ですし。私にも違和感ゼロです。

雍正帝の残酷な面は許しがたいのですが、彼女への愛は何にも代えがたいのだと傍目にも感じられます。だからこそ、八皇子の時は他の女性と争うのがいやだと言い募っていた彼女も雍正帝には心奪われたのではないでしょうか。

話は変わりますが、廉親王の廉の一文字も雍正帝が与えたのですよね。廉価の廉かぁと思うと哀しくなります。

登場人物の年齢のこと、私もよく考えてしまいます。どの程度日時年数が経過しているのかとか、詳しく書いてくださって助かりました。ありがとうございます!(^^)!
Commented by moonlight-yuca at 2012-11-27 15:59
chatttenoireさま~

いいわあ、ガツンと胸に響くようなレビュウでございますよね。
筆がのりにのっているのがわかります。なるほどですね。「モダン」なのですね。皇帝は。共に歩んでいく同志としての、非婚カップルのモダンな関係が、そのモダンさと、しかし人が誰かを愛した時に抱く束縛感とのギャップに悩んでいるのですね。
わかる、わかる。
私なんぞは、非婚カップルと言われれば、サルトルとボーヴォワールを彷彿とさせ、愛と苦悩を連想しちゃうのけれども。ルォシーと皇帝の恋愛の受け止め方は、視聴者の恋愛観が如実に出るのでしょうね~(笑)
しかし、それだけ大切にルォシーの事を思っているのに、彼女がまるで籠の鳥のように見えてしまうんですよね。歌を忘れたカナリアみたいに。


そしてルォシーが恋愛至上主義とは言いえて妙。しかし、愛には殉じないのよね。
とはいっても、私は最後まで見ていないので、この後、ルォシーが愛に殉じるかもしれませんが。
そんなところに「泡沫之夏」の夏沫と同じ匂いを感じます・・・恋愛至上主義のようで、実は男性にも心を動かさない、固い信念?みたいなものを、持っているような気がします。
Commented by chatttenoire at 2012-11-27 19:11
あらん様。
またまたコメントありがとうございます!
彼女は明らかに女官じゃない格好ですねー。あんまり風変りな設定なので彼女の存在自体が皇帝の妄想じゃないかと思えたこともあったほど・・・。妃は皇后に仕える身分だけれども、位によって予算やお付きの者の人数が決められていたそうです。ルオシーは規格外なので予算は皇帝の胸次第?
改めて皇帝に説得されたシーンを見ると、たくさん並んだ牌子の一つになるんじゃなくてそうじゃない唯一の存在なんだ、と説得されたようにも思え、他の女性が気になるものの、それを超えて皇帝を好きになったんだろうなあ、と思いました。
「廉」、気になって字統を初めて開いて調べてしまいました。清廉潔白の廉ではあるけど、”かたわら””すみ”というような意味があり、確かにあまりいい意味ではなさそうですね。
年齢調査は自信はあまりありません・・。
Commented by chatttenoire at 2012-11-27 19:21
yucaさま~。
お恥ずかしい限りです・・。このドラマ、それほどまで気に入っているつもりはなかったのですが、どうも結構書いてますね。
非婚カップル・・・私はサルトルとボーヴォワールほど難しい関係とは思わず、単に気に入らなかったらさっさと去っていける、愛がないと一緒にいられない関係、だと想定していました。要するに彼らは大恋愛だと思います。
言われてみますと、ルオシーも中華ヒロインの匂いあり。私の知る数少ないパターンの中華ヒロインは、男性をものすごく好きになっても次の瞬間身を翻す冷たさ(それは心が離れてそうなることもあり、心が離れていなくても身を翻すこともある)があり、そういうところが好きです。
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